大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)43号 判決

原告

ロジャー・ディー・リード

原告

エルマー・イー・リード

原告

トーマス・エヌ・ディビュー

右三名訴訟代理人

多比羅誠

右輔佐人弁理士

古谷史旺

被告

特許庁長官

若杉和夫

右指定代理人

高須要子

外三名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告らに対し昭和五六年四月三日に行なつた国際出願番号PCT/US80/00844に対する特許法第一八四条の四第一項に規定する日本語による翻訳文、同条の五第一項の規定による書面及び同条の七第一項の規定による補正書の翻訳文提出書の各不受理処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立)

主文同旨

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、一九七〇年六月一九日にワシントンで作成された特許協力条約(以下「条約」という。)に基づき、日本を指定国の一つとして、昭和五五年七月七日、英語により国際特許出願(国際出願番号PCT/US80/00844、以下「本件出願」という。)を行ない(条約第二条()の優先日は昭和五四年七月一一日)、昭和五六年三月一一日、特許法(以下「法」という。)第一八四条の四第一項に規定する明細書等の出願書類の日本語による翻訳文(以下「出願書類翻訳文」という。)を被告へ提出するとともに、法第一八四条の五第一項に定める所定の事項を記載した書面(以下「所定の書面」という。)及び法第一八四条の七第一項に基づく補正書の日本語による翻訳文(以下「補正書翻訳文」という。)を提出した。

2  被告は、昭和五六年四月三日付で、「国際出願日における願書の翻訳文が欠落しているため、特許法第一八四条の四に規定する翻訳文として受理できない。」として、出願書類翻訳文を不受理処分に付し、同時に所定の書面及び補正書翻訳文をも不受理処分に付し(以下右三件の不受理処分を「本件各不受理処分」という。)、その通知は昭和五六年四月一一日原告らに送達された。

3  原告らは、被告に対し、昭和五六年六月九日、右各不受理処分につき、行政不服審査法による異議申立をしたところ、被告は、昭和五七年一一月二九日付で右申立をいずれも却下する旨の決定をし、その決定書謄本は同年一二月一日原告らに送達された。

なお、右異議申立の趣旨には、形式的には所定の書面及び補正書翻訳文に対する各不受理処分のみを取消しを求める処分として掲げているが、右申立は、本来、出願書類翻訳文の不受理処分に対する不服申立手段として行なつたものであり、表記はしてないが、出願書類翻訳文の不受理処分の取消しを前提として、本件各不受理処分の取消しを包括的に求めたものである。

4  本件各不受理処分は、以下に述べるとおり違法であつて、取消されるべきである。

(一) 原告らが提出した出願書類翻訳文には、願書の翻訳文が欠落しており、結局本件出願にあつては、願書の翻訳文が所定の期間内に被告に提出されなかつたとの不備は存するが、国際特許出願では、特許を受けるべき旨の意思表示は、受理官庁に対し国際出願をなしたときに既になしており、指定国に対する国際出願書類の翻訳文の提出行為は、右意思の確認行為にすぎず、この点で願書の翻訳文の不備は、国内特許出願において出願の主体及びその手続をする者を明らかにして権利を受けようとする意思表示を記載した書面である願書の提出がない場合とは、根本的に相異する。

したがつて、国際特許出願においては、出願書類翻訳文の提出により特許を受けるべき旨の意思の確認ができれば、必ずしもその全てがそろつて提出されていなくともよいというべきで、このことは、法第一八四条の四第二項が「願書、明細書又は請求の範囲の翻訳文」ではなく、「願書、明細書及び請求の範囲の翻訳文」と規定し、これらの全ての翻訳文が提出されなかつたときにはじめて、その国際特許出願は取り下げられたものとみなすこととしていることからもうかがわれるところである。

本件においては、出願書類翻訳文中、願書の翻訳文は欠落しているが、その他の翻訳文は提出されているので、原告らの特許を受けるべき旨の意思の確認は十分にできるのであるから、願書の翻訳文を提出しなかつたとの不備は、出願書類翻訳文について直ちに不受理処分をなすべき場合には当らない。

(二) 更に、本件出願において、原告らは所定の書面を被告に提出しているところ、右書面には、法第三六条第一項に規定する願書の必要的記載事項は記載されているのであるから、これが願書の翻訳文の記載事項を網羅していなくとも、所定の書面の提出をもつて、願書の翻訳文の提出と評価しても差し支えないものというべきである。

(三) 本件にあつては、右(一)、(二)記載のとおりの事情が存する以上、出願書類翻訳文を受理するとともに、手続上の不備の追完のため、法第一七条第二項第二号の規定による補正命令を発して然るべき場合であるのに、被告がこれをせず、直ちに本件各不受理処分をしたことは違法である。

5  よつて、原告らは、本件各不受理処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の本案前の申立の理由

1  請求の原因1の事実は認める。

但し、原告らの提出した出願書類翻訳文には、願書の翻訳文は含まれていない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、出願書類翻訳文の不受理処分の取消しを求めて原告らが異議申立をしたことは否認する。その余の事実は認める。

原告らの出願書類翻訳文の不受理処分の取消しを求める訴えは、当該処分について異議申立を経ていないから、不適法であり、却下されるべきである。

4  原告らの所定の書面及び補正書翻訳文の不受理処分の取消しを求める訴えは、その前提となる本件出願が、原告らが条約第二条()の優先日である昭和五四年七月一一日から一年八月以内に願書の翻訳文を被告に提出しなかつたことから、法第一八四条の四第二項の規定により取り下げられたものとみなされて、存しない以上、その訴えの利益を欠き、却下されるべきである。

5(一)  法第一八四条の六は、願書等の翻訳文をもつて我国特許法上の願書等とみなしている。したがつて、出願書類翻訳文提出行為は、特許を受けるべき意思の単なる確認行為ではなく、むしろ出願手続そのものに比すべきものである。そして、願書の翻訳文がないということは、国内特許出願において願書の提出がないことと同視すべきもので、このような手続上の不備は補正不可能というべきであるから、補正命令を発する余地はない。

(二)  所定の書面は条約第二二条(1)に規定する各種手続を行なうに必要な外国語特許出願の場合における翻訳文を提出するための差出書的書面、国内手数料を納付するための納付書的書面、代理人を選任する場合の代理人選任届的書面等々性格を有するものであり、出願の主体及びその手続をする者を明らかにして権利を受けようとする意思表示を記載した願書の翻訳文とはおよそ性格の異なる書面であり、その記載事項も当然のことながら一致していない。したがつて、所定の書面が願書の翻訳文に相当するとはおよそ解しえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本案前の申立について

1  請求の原因1及び2の事実、原告らが本件出願の条約第二条()の優先日である昭和五四年七月一一日から一年八月以内である昭和五六年三月一一日に被告に提出した出願書類翻訳文には、願書の翻訳文が欠落していたこと、原告らは昭和五六年六月九日、被告に対し、所定の書面及び補正書翻訳文の不受理処分につき異議申立をしたところ、被告は、昭和五七年一一月二九日付で右申立をいずれも却下する旨の決定をし、その決定書謄本が同年一二月一日原告らに送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  原告らは、昭和五六年六月九日に行なつた異議申立は、所定の書面及び補正書翻訳文の各不受理処分に対してのみではなく、出願書類翻訳文の不受理処分に対しても行なつている旨主張する。しかしながら、原告らの行なつた異議申立の申立の趣旨に、出願書類翻訳文の不受理処分に対するものが表示されていなかつたことは、原告らの自認するところであり、〈証拠〉によれば、原告らが弁理士古谷史旺を代理人として被告に提出した「行政不服審査法による異議申立書」には、「1異議申立てに係る処分」として「国際出願番号PCT/US80/00844に関する特許法第一八四条の五第一項の規定による書面及び補正書の翻訳文提出書の不受理処分」と、「3異議申立ての趣旨」として「国際出願番号PCT/US80/00844に関する特許法第一八四条の五第一項の規定による書面及び補正書の翻訳文提出書の不受理処分は、これを取消すとの決定を求める。」と明記されていることが明らかであり、これによれば、原告らの行なつた異議申立が所定の書面及び補正書翻訳文に対する不受理処分のみを対象としたことが明らかであり、また同号証により、異議申立書全体を検討してみても、右異議申立の対象として出願書類翻訳文の不受理処分が含まれているとみることは到底できない。そして、所定の書面及び補正書翻訳文の不受理処分と出願書類翻訳文の不受理処分とは全く別個の処分であるから、前者に対する異議申立が後者に対する異議申立をも包含していると解することはできず、その他本件全証拠をもつてしても、原告らが出願書類翻訳文の不受理処分に対して異議申立を経ていることを認めることはできない。

そうすると、本件訴え中、異議申立を経ないで提起された出願書類翻訳文の不受理処分の取消しを求める部分は、法第一八四条の二の規定により提起することが許されないので、不適法であつて、却下を免れない。

3  本件出願において、原告らが被告に出願書類翻訳文を提出したのは、条約第二条()の優先日である昭和五四年七月一一日から一年八カ月の期間の末日に当る昭和五六年三月一一日であつて、右出願書類翻訳文のなかには願書の翻訳文が欠落していたことは前示のとおりであるから、原告らは、原告らの自認するとおり、法第一八四条の四第一項に定める期間内に、被告に対し、本件出願の願書の翻訳文を提出しなかつたものと認められる。

また、原告らは、被告がした出願書類翻訳文の不受理処分につき、右処分を知つた日である昭和五六年四月一一日の翌日から起算して六〇日以内に異議申立をしていないことは前示のとおりであるから、法第一八四条二及び行政不服審査法第四五条の規定により、右処分の取消は現在においては既に求めることができず、結局、本件出願にあつては、法第一八四条の四第一項に定める期間内に、願書、明細書及び請求の範囲の翻訳文の全ての提出がなかつたものとして取り扱わざるを得ない。

そうすると、右のいずれの理由よりしても、法第一八四条の四第二項の規定により、本件出願は取り下げられたものとみなされ、既に、当初から出願として係属していないのであるから、本件訴え中、本件出願が係属していることを前提とする所定の書面及び補正書翻訳文の各不受理処分の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き、不適法であるといわなくてはならない。

二以上のとおり、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下す〈る。〉

(牧野利秋 飯村敏明 高林龍)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例